名の変更に関する裁判例(1)

高松家審平成22年8月4日家月63巻8号61頁
高松高決平成22年10月12日家月63巻8号58頁

争点

戸籍法107条の2の「正当な事由」の有無

事案の概要

  1. 申立人Xは,昭和42年に出生し,平成2年(申立人23歳の時),Bと婚姻し,申立人夫婦の間に,平成3年長女(現在19歳),平成6年長男(現在16歳)が生まれた。
  2. X夫婦は,平成20年,子2名の親権者をいずれも母として協議離婚した。なお,母が監護養育している。
  3. Xは,平成22年,甲病院医師により性同一性障害と診断されている。
  4. Xは,平成22年,乙病院医師により性同一性障害と診断されており,治療ガイドラインに沿って同年からホルモン療法を受けている。
  5. Xは,平成22年,丙病院医師により「MTF性転換症」と診断されており,精神神経学会の定めたガイドラインに沿って治療中である。
  6. Xは「△△」の通称名を,平成22年ころから使用していると述べている(客観的資料として残っているものの一番早いものは,平成22年の「水道メータ取替のお知らせ」である)。

裁判所の判断

原審の判断

高松家裁は,「正当な事由」がないとして,名の変更許可の申立てを却下した。

その理由は,次のとおりである。

申立人には,(中略)未成年の子が2人いるから,申立人が現在受けている治療を継続し,性別適合手術を受けることとなったとしても,長男が成人するほぼ4年後までは,性別の取扱い変更手続はできない(法3条1項3号)ものである。これは,未成年の子がいる者については,その未成年の子の生育に関する影響等に配慮して,障害事由としているもので(中略),この趣旨は,本件名の変更についても考慮されるべきである。

そうすると,未成年の子のある者の,性同一性障害を理由とする名の変更につき「正当な事由」を認めるためには,変更を求める通称名のある程度の社会的定着性を要求せざるを得ないと考える。

申立人の「△△」という通称名の使用歴は,申立人の申述によっても未だ約1年に過ぎず,到底社会的に定着あるいはほぼ定着しているとは言えない(通称名の社会的定着が認められるようになれば,法による性別の取扱いの変更手続が可能となる時点以前であっても名の変更が許可されることとなろう。)。

Xは,この判断を不服として,高松高等裁判所に即時抗告をした。

抗告審の判断

高松高裁は,高松家裁の審判を取消し,名の変更を許可した。

まず,高松高裁は,戸籍法107条の2が名の変更に「正当な事由」を要求している趣旨を以下のように解した。

戸籍法107条の2は,名の変更には「正当な事由」のあることを要する旨定めているところ,これは,名は氏とともに,人の同一性を識別するために社会生活上極めて重要な意義を持つものであるから,みだりに変更することを許さないものとするとともに,名を変更しなければ本人の社会生活上著しい支障がある場合には,名の変更を認めることとして,公益と個人の利益の調和を図ろうとする趣旨の規定であると解される。

次に,本件において,以下のような事実を挙げて,

  1. Xは,性同一性障害者であって,日常は女性として生活していること
  2. Xの戸籍上の名である「○○」は男性であることを示すものであるため,Xは,性別アイデンティティーの維持や社会生活における本人確認などに支障を来していること
  3. Xは,現在,性同一性障害に関する治療のガイドラインに沿って,ホルモン療法を受けており,最終的には,性同一性障害特例法に基づき,戸籍上の性別を変更する予定であること
  4. Xは,「△△」の通称名を現在に至るまで少なくとも9か月間余り使用しており,当該通称名は社会的に定着しているとまではいえないが,一定程度の使用実績があること
  5. Xは,現在,失職中であり,名の変更によって社会的な混乱が発生するとは考え難いこと

「これらの諸点を総合すれば,Xについて名を変更しなければ社会生活上著しい支障がある」ので,「正当な事由」があるとした。

性同一性障害特例法の「未成年の子なし」要件と,名の変更における「正当な事由」との関係については,高松高裁は次のように判断した。

法3条1項3号は,未成年の子がいる者について性別の取扱いの変更を認めると,その子に心理的な混乱や不安等をもたらしたり,親子関係に影響を及ぼしかねないとの指摘があったことを踏まえて,子の福祉の観点からこれを制限したものであるところ,性別の取扱いの変更とは法律上の要件が異なる名の変更についてまで,法3条1項3号の趣旨を当然に考慮しなければならないと解することは相当でない(中略)。そして,本件において,Xの名の変更を認めることにより上記未成年の子らの福祉に悪影響が生ずる具体的なおそれがあることは,記録上窺われないから,Xに上記未成年の子らがいることを理由として,本件名の変更について「正当な事由」の存在を否定することはできない。

コメント

抗告審である高松高裁の判断基準及び結論は妥当である。

原審である高松家裁は,「未成年の子のある者の,性同一性障害を理由とする名の変更につき『正当な事由』を認めるためには,変更を求める通称名のある程度の社会的定着性を要求せざるを得ない」としている。この考え方は,東海林保判事の論文「いわゆる性同一性障害と名の変更事件,戸籍訂正事件について」(家庭裁判月報52号1頁)で紹介されているE説(「精神科医などの専門家により性同一性障害であると確定的に診断されたことに加え,ある程度社会的に定着した使用実績がある場合に正当事由を認める」説)か,または,未成年の子がいるという事情を考慮して,D説(「精神科医などの専門家により性同一性障害であると確定的に診断された場合に正当事由を認める」説)に要件を加重したD説の亜種であろう。「確定的診断」の有無は,本件においては明らかであるため,当然の前提としていたのであろう。

これに対して,抗告審である高松高裁は,上記「正当な事由」を基礎づける5つの事情を総合考慮した上で,「正当な事由」を認めている。高松高裁は,戸籍法107条の2の解釈において,性同一性障害であるか否かについて考慮していないことから,従来の「正当な事由」を判断する一般的枠組みを採用していると考えられる。

このように原審と抗告審とでは「正当な事由」の判断基準が異なっている。性同一性障害を理由とする名の変更であったとしても,申立人にはそれぞれ個別的な事情があることを考慮すると,原審のような画一的な判断基準で「正当な事由」の存否を判断するのは,硬直的であり支持できない。例えば,上記D説ないしE説によると,性同一性障害との診断がなければ名の変更が認められないことになる。しかし,性同一性障害という診断がなくとも,名を変更しなければ本人の社会生活上著しい支障がある場合もあり得るので,D説ないしE説によると,このような事情を抱える者に名の変更を認めないことになる。ひいては,申立人に精神科医などの専門家の診断を半ば強制することになりうるので,妥当ではない。

それに対し,抗告審の判断基準によると,名の変更が認められるか否かという結果の予測可能性は,D説ないしE説と比べて,損なわれるものの,申立人の個別具体的な事情を総合的に見て,「正当な事由」の存否を判断することになり,D説ないしE説の判断基準がもつ問題点を回避することができる。したがって,私は抗告審の判断基準を支持する。

抗告審の判断基準によれば,未成年の子をもつ者が,性同一性障害を理由に名の変更を申し立てる場合,名の変更による子の福祉に対する影響は,「正当な事由」の存否を判断する一事情になる。これは,性同一性障害特例法の未成年の子なし要件が今後削除されたとしても,同じであろう。実際,抗告審は未成年の子なし要件の趣旨を当然には考慮しないと述べつつも,名の変更により未成年の子らの福祉に悪影響が生じる具体的なおそれがある場合には,「正当な事由」の存在が否定されることもあり得ると示唆していることからもわかる。